日本の奇談珍聞怪話を集めた二冊の奇書『竒珍怪』『続・奇珍怪』(田中香涯・著)を怖いもの見たさ半分、珍しいもの見たさ半分で買って読んだ。戦前と戦後に発行された古い本だが、好奇心をそそられた内容を感想とともに紹介する。

竒珍怪

『竒珍怪』田中香涯(鳳鳴堂書店)

『竒珍怪』(きちんかい)は、昭和15年(1940)1月6日に発行された。正式な書名は『医事雑考 竒。珍。怪』。序文の中で著者の田中香涯(たなか こうがい)は、本の内容について次のように述べている。
 
「書名を『竒。珍。怪』と申しましても、けっして荒唐無稽(こうとうむけい)な事柄を羅列したのではありません。医事に直接あるいは間接に関係あるいろいろな奇談珍聞怪話について、浅学非才ながらも科学的観察と考証をこころみたものであります」
 
内容は、猟奇的なものだが、作り話ではない、ということをうたっている。
 
『竒珍怪』には、日本の奇談珍聞怪話68事例と、付録として、著者・田中香涯が書いた猟奇的な小説が二編、収録されている。

主な収録内容
  1. わが国における食人の風習
  2. 耳から声を発する奇芸
  3. 八歳の幼女の分娩
  4. 胎児を食った平貞盛
  5. 男が子を産む
  6. 不具者の足芸手芸
  7. 変成男子と変成女子
  8. 塚の陰嚢象皮病
  9. 蘇生法としての心臓注射
  10. 角が生えた人間
本の中身

『竒珍怪』に収録されている68事例の中から「老婆の妊娠分娩」という箇所を一部、抜粋・要約して紹介する。出典は『竒珍怪』田中香涯(鳳鳴堂書店)146-148頁

『日本婦人医史料』に明治時代における老婆分娩の実例が四つあげられているが、その中の最長年者は七十歳、最年少者は五十八歳である。
 
大正十一年六月発行の『信濃時事新聞』には『七十六歳の老婆が妊娠した』と題し、近所界隈の評判になっていることが記されている。
 
昭和十二年五月発行の『大阪毎日新聞』には、八十七歳の老婦が六十四歳の老人と通じて妊娠したとの記事が載っている。

感想

収録されている事例は、どれも好奇心がそそられる内容で、見世物小屋をのぞいているような感覚で読めた。
 
中には、誇張あるいは眉唾物ではないか、と思うようなまがまがしい事例もいくつかはあるが、それはそれで、猟奇的な気持ちを満足させてくれる。

文章は歴史的仮名遣い

『竒珍怪』田中香涯(鳳鳴堂書店)

ただ、昭和15年(1940)に発行された本なので、文章は歴史的仮名遣いで、漢字は旧字体が使われている。戦後の当用漢字、常用漢字で国語教育を受けた世代には、取っつきにくい。
 
次に紹介する続編の『続・奇珍怪』は、昭和37年(1962)発行なので、文章は口語体で書かれているため(常用漢字以外の漢字も使われているが)読みやすい。
 
なので、読んでみたいと思われるかたは、『続・奇珍怪』のほうを先に買って読むことをおすすめする。

続・奇珍怪

『続・奇珍怪』田中香涯(鳳鳴堂書店)

昭和15年(1940)1月6日に発行された前作『竒珍怪』が好評だったことを受けて発行された『妖・異・変』を『続・奇珍怪』と改題して再刻。昭和37年(1962)7月14日に発行された。
 
内容は前作『竒珍怪』と同様、日本および世界の奇談珍聞怪話73事例が収録されている。

主な収録内容
  1. 変態人としての女形
  2. 異端の女形
  3. 支那の男色
  4. 情死の方法
  5. 切羅の刑
  6. 人面瘡と人面犬
  7. 聖者の空中浮揚
  8. 楊貴妃の血汗
  9. 異種族の子孫
  10. 売笑婦の妊娠
本の中身

『続・奇珍怪』に収録されている73事例の中から「女形と男色」という箇所を一部、抜粋・要約して紹介する。出典は『続・奇珍怪』田中香涯(鳳鳴堂書店)162-166頁

歌舞伎においての売色の風は元禄になってますます盛んとなり、女形と男色との間には切ってもきれない関係が生じてきた。当時の美少年俳優は、男色を好む武家の志士や僧侶、経済力のある町人たちの心を奪った。
 
美少年俳優に対する愛欲の情念は真の同性愛であって、愛欲遂行の方法は変態であるが、当時の女形は、さかんに色を売って金儲けをした。
 
名をなした一流の女形でさえ売色した。「近世江都著聞集」には堀川に住んでいた僧が、女形の四天王とうたわれた芳沢あやめの色におぼれて寺院を失い堕落したことが書かれている。

感想

『続・奇珍怪』も『奇珍怪』と同じく、猟奇的な内容で、好奇心が刺激された。
 
中でも江戸時代における「女形の生活」と、異性に対する真実の心を誓うために、自分の爪をはがして相手に贈ったりする「自体毀傷」(じたいきしょう)のさまざまな事例は、興味深く読めた。
 
美貌の女形俳優に愛情表示の手段として、自分の左手の小指を切って贈った、という男の話には肝を抜かれた。

文章は読みやすい

『続・奇珍怪』田中香涯(鳳鳴堂書店)

前作の『奇珍怪』は戦前の発行なので、文語体と旧字体の文章に難渋したが、戦後に発行された『続・奇珍怪』は、口語体の文章だったので、ふつうに読むことができた。
 
『竒珍怪』と『続・奇珍怪』は、今となってはなかなか手に入れるのはむずかしい奇書なので、蔵書として手元に置いておこうと思う。

竒珍怪
竒珍怪
竒珍怪
続・奇珍怪

著者・田中香涯

田中香涯(田中祐吉)。明治7年(1874)4月、大阪北浜に6代続いた漢方医の家に生まれる。
 
明治29年(1896)大阪大学の前身である大阪府立高等医学校を卒業後、台湾総督府医学校教授、九州帝国大学医学部講師を歴任し、明治38年(1905)、日露戦争に軍医中尉として召集され、大阪野戦病院に勤務。
 
戦後、母校である大阪府立高等医学校病理学教授の職につき、明治42年(1909)に約1か月ドイツに留学。大正3年(1914)に、大阪府立高等医学校を依願退職する。
 
その後、江戸の風俗・人情・習慣などを医学を支柱とて医書、通俗雑誌、随筆などを著わした。大正12年(1923)には雑誌『変態性欲』を主幹。昭和19年(1944)5月没。
 
(出典)田中香涯(1962)『続・奇珍怪』鳳鳴堂書店.