埼玉県松伏町のかがり火公園路傍にある道標付き光明真言・念仏読誦供養塔を調べた。調査した石塔を写真とともにお伝えする。場所は古利根川左岸沿い堂面橋上流150メートルにある。
読誦供養塔
大乗妙典読誦供養塔|越谷市増林・勝林寺
読誦供養塔(どくじゅくようとう)とは、特定の経典を読誦(どくじゅ)した記念に建てられた供養塔のこと。読誦とは、声を出して経文を唱えること。
石塔には、「大乗妙典一千部読誦」「光明真言百万遍読誦」「読誦観音経三万巻」など、経典を何回読誦したかということが、銘文に刻まれている。
読誦供養塔は「読誦塔」「経典読誦塔」「経典供養塔」などとも呼ばれている。
道標付き読誦供養塔
それでは、かがり火公園路傍の道標付き光明真言・念仏読誦供養塔を見ていこう。
参考までに、光明真言(こうみょうしんごん)とは、大日如来の真言(真理を表わす言葉)。念仏(ねんぶつ)とは「南無阿弥陀仏」(なむあみだぶつ)と唱えること。
正面
石塔型式は櫛型(くしがた)。江戸中期・享保19年(1734)9月造塔。
中央最頂部に梵字(「ア」か)。主銘は「奉唱光明真言六拾万遍」「念佛一億五千万遍」「本願主覺心」。脇銘は「享保十九甲寅年」「九月吉祥日」「松伏村」「惣施主」
最下部には「向 こしかや道」(向こう越谷道)と刻まれている。
左側面
左側面の銘は「左うをぬま道」(左 魚沼道)
右側面
右側面には「右かなすき道」(右 金杉道)とある。
道しるべについて
この石塔(読誦供養塔)には「向 越谷道」「左 魚沼道」「右 金杉道」と、石塔の位置からの方向と地名が刻まれている。
石塔の横に設置されている案内板に、この道標についての解説が記されている。以下、引用。
当時(江戸時代)ここは、越谷からの「さしま道」(猿島道)が分岐する三叉路でした。東は庄内古川(現中川)の上内川の渡し(現吉川市)を経由して、金杉村の江戸川渡河点であった金杉渡しに続いていました。北は大川戸村と魚沼村を往来する、庄内古川の魚沼渡しへと続いていました。
引用元:解説板「江戸時代の道標」
道しるべの意味
「向こう越谷道」…この三差路から猿島道(現・越谷野田線)を向こう(南西)に行くと越谷に至る。「左 魚沼道」…この三差路を左(北)に行くと(大川戸を経て)魚沼に至る。「右 金杉道」…この三差路を右(東)に行くと金杉に至る。
この石塔がある場所は、現在は四差路だが、当時は三差路だった。
場所
かがり火公園路傍にある道標付き光明真言・念仏読誦供養塔の場所は、越谷野田線と春日部松伏線が交差する十字路(信号「かがり火公園」)の北西( 地図 )。かがり火公園の住所は、埼玉県北葛飾郡松伏町松伏4770-1。郵便番号は 343-0111。
備考
調査および写真撮影年月日は2020年11月13日
参考文献
本記事を作成するにあたって、引用した箇所がある場合は文中に出典を明示した。参考にした文献は以下に記す。
『松伏町史 文化財編(石造物・絵馬・指定文化財)』松伏町教育委員会(令和6年3月22日発行)
庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)
日本石仏協会編『日本石仏図典』国書刊行会(昭和61年8月25日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)
日本石仏協会編『新版・石仏探訪必携ハンドブック』青娥書房(2011年4月1日発行)