2026年4月15日。埼玉県幸手市惣新田を走る松伏春日部関宿線沿いの水田が広がる風景の中、九郎右衛門香取神社の裏手、道路沿いの鉄製フェンスに、藁(わら)の大蛇が鎮座していた。

幸手市域に伝わる辻切り

九郎右衛門香取神社と辻縄

ここは、地域の人々に「九郎右衛門香取神社」(くろうえもん・かとりじんじゃ)として親しまれている社。その裏手のフェンスに、今まさに災厄を睨みつけるかのように設置された大蛇の姿は、この地に根づく信仰の息吹を強く感じさせるものだった。
 
今回は、幸手市周辺に伝わる神秘的な風習「辻切り」(辻縄)と、この九郎右衛門香取神社の大蛇について、ひもといていく。

境界を護る守護神

辻縄

幸手市から春日部市、さらには千葉県の野田市周辺にかけての利根川・江戸川流域には、わらで編んだ巨大な蛇を地区(村)の境に祀る「辻切り」(つじぎり)、あるいは「辻縄」(つじなわ)と呼ばれる伝統行事が今も息づいている。
 
「辻」とは道が交差する場所、すなわち村の入り口や境界を意味する。かつて医学が発達していなかった時代、流行病や不幸な災いは、道の向こう側から村へと侵入してくると考えられていた。
 
そこで村人たちは、収穫後の稲わらを総出で編みあげ、恐ろしい「大蛇」を作りあげた。

なぜ蛇なのか

古来、蛇は水神の使いであり、脱皮を繰り返すことから「再生」や「強い生命力」の象徴とされてきた。
 
この大蛇を村の入り口に設置することで、「もし悪い病や災厄が村に入ろうとすれば、この大蛇が追い回して追い払ってくれる」と信じた。

九郎右衛門香取神社の大蛇

今回、九郎右衛門香取神社の裏手で見かけた大蛇は、ひじょうに精巧かつ特徴的な造形をしていた。

鋭い眼光と表情

目|藁の蛇

白い紙(あるいは布)を丸め、墨で太く力強く描かれた「目」が印象的。蛇というよりも、どこか龍のような神々しさをたたえている。

お札の存在

お札|馬頭観音

大蛇の背中には竹の支柱が立てられ、そこには馬頭観音座像が描かれたお札が貼りつけられている。わらの造形物に霊力を宿らせるための依り代(よりしろ)としての役割を果たしていると思われる。

編み込みの美しさ

藁の大蛇|辻縄

胴体部分は、ていねい編み込まれ、節々からは、わらが逆立つように突き出している。これは大蛇の「鱗」(うろこ)や「荒々しい生命力」を表現しているかのようだ。
 
設置された場所が、道路と神社、そして広大な田畑を分かつフェンスであるという点も興味深い。まさに現代の「境界」において、地域の安全と五穀豊穣を見守っている守護神といえる。

平穏への願い

幸手市域の伝承によれば、これらのわらの大蛇は、おもに4月から夏場にかけて作られ、祀られる。
 
この作業には、暖かくなるとともに流行しやすくなる疫病への警戒や、これから本格的に始まる農作業の無事を祈る気持ちが込められている。
 
撮影した4月15日は、まさに春から初夏へと季節が移り変わる時期。厳しい冬を越し、命が芽吹くこの時期に大蛇を新調し、あためて村の結界を張りなおす。
 
そこには、何世代にもわたって繰り返されてきた、この土地に生きる人々の「平穏への願い」が凝縮されている。

風景に溶け込む伝統の価値

現代の風景において、アスファルトの道や金属製のフェンスと、天然のわらで作られた大蛇が同居する光景は、一見ミスマッチに見える。
 
だが、フェンスという現代的な構造物に伝統的なわらの大蛇が絡みついている風景は、「形を変えて守り継がれる信仰の強さ」を象徴している。
 
わらの大蛇には、現代社会においてもなお「目に見えない災い」を遠ざけようとする人々の本能的な祈りの伝統が今もたしかに息づいていた。

スポット情報

場所は、埼玉県幸手市惣新田(そうしんでん)九郎右衛門香取神社裏手( 地図 )。松伏春日部関宿線(埼玉県道・千葉県道42号)沿い。
 
わらの大蛇の設置時期は例年4月ごろ。自然に還る素材で作られているため時期を逃すと見られない場合もある。