茨城県五霞町山王山(ごかまち さんのうやま)の日吉神社にある如意輪観音を主尊とした十九夜塔を調べた。調査した石仏を写真とともにお伝えする。
十九夜塔

十九夜塔(じゅうくやとう)とは、旧暦十九日の夜に行なわれた月待(つきまち)の記念に建てられた石塔のこと。
月待は江戸時代、さかんに行なわれ、主に女性の集まり(女人講中=にょにんこうじゅう)である「十九夜講」が安産や子どもの成長を祈願する目的で、供養塔を造立した。
十九夜塔には、「十九夜塔」「十九夜供養塔」などと刻まれた文字塔や、十九夜の本尊である如意輪観音の像が刻まれた石塔がある。
月待信仰

「月の出には、仏の姿が拝まれて幸に恵まれるとか、乙女がひそかに鏡をのぞくと未来の夫を見ることができるとか、子宝や安産に恵まれるなど、女性にまつわる信仰が多い」
引用元:『越谷市金石資料集』(※1)
※1 『越谷市金石資料集』越谷市史編さん室(昭和44年3月25日発行)「月待塔」149頁
以上を踏まえ、日吉神社の十九夜塔を見ていく。
日吉神社の十九夜塔

調査日は2025年11月27日。十九夜塔は、社殿を正面に見て、道路沿いの左手、鞘堂(さやどう)の中に安置されている。
造塔は江戸後期・文化10年(1813)。角柱型の石塔の上に丸彫りの如意輪観音座像が載っている。
十九夜塔の前には、新しく造られた花立(はなたて)が置かれていることから、今でも地元の人々に信仰されていることが、うかがわれる。
上部|如意輪観音

如意輪観音座像の像容は、顔がひとつで手が六本(一面六臂=いちめんろっぴ)。頭部に宝冠(ほうかん)をいただいている。背部に円形の光背(こうはい)
座り方は、如意輪観音の特徴でもある、右膝を立て(輪王座=りんのうざ)、右掌(みぎてのひら)をほおにあてた思惟形(しゆいけい)になっている。
持物(じもつ)は、左上手に法輪(ほうりん)、左下手に宝珠(ほうじゅ)、右上手に未開敷蓮華(みかいふれんげ=蓮のつぼみ)、右下手に念珠(ねんじゅ)
下部|供養塔

下部は角柱型の石塔。正面の主銘は「十九夜供養塔」。台石の正面には「女人講中」(にょにんこうじゅう)と刻まれている。
左側面

左側面(向かって右側面)の銘は「下総州葛飾郡山王山村」「發願主 常然」(發は発の旧字体)「世話人 平右衛門」
右側面

右側面(向かって左側面)の銘は「維時文化十癸酉久霜月吉日」
「維時」は「これとき」と読み、石塔を「建てた時」を意味する接頭語。「久」は、「永久」(とこしえ)「長久」(ちょうきゅう)を意味し、石塔が未来永劫にわたって存続するようにという願いや祈りが込められている。
境内の風景

境内には、瓦葺きの社殿のほか、自然石に「日吉神社」と刻まれた社号標、なにかの記念碑と思われる石造りの建造物(石塔)などがある。
場所

日吉神社の住所は、茨城県猿島郡五霞町山王山707( 地図 )。郵便番号は 306-0301。場所は、東昌寺の南南西200メートル、五霞町立ごかみずべ公園の北北東400メートルのところにある。
参考文献
本記事を作成するにあたって、引用した箇所がある場合は文中に出典を明示した。参考にした文献は以下に記す。
『越谷市金石資料集』越谷市史編さん室(昭和44年3月25日発行)
『松伏町史 文化財編(石造物・絵馬・指定文化財)』松伏町教育委員会(令和6年3月22日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)
外山晴彦『サライ』編集部編『野仏の見方』小学館(2003年6月10日発行)
『サライ』編集部編『仏像の見方』小学館(2002年4月10日発行)
庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)


