埼玉県松伏町大川戸の旧古利根川堤防上と中川堤防上にある八大龍王文字塔を調べた。二基とも江戸末期・安政5年(1858)2月造塔で、銘の書体や刻み方はまったく同じ。

八大龍王

八大龍王文字塔|松伏町大川戸

調査したのは 2024年10月17日と19日。まずは八大龍王(はちだいりゅうおう)について簡単に触れておく。
 
八大龍王とは、釈迦(しゃか)が『法華経』(ほけきょう)を説いたとき、聴衆として参加した八体の龍王で、日本では、「古来の水神信仰と習合して洪水を留める、雨を降らせるなど霊験あらたかな神として信仰されてきた」(※1)

※1 『松伏町史 文化財編(石造物・絵馬・指定文化財)』松伏町教育委員会、2024年、45頁

それでは、松伏町大川戸にある二基の水神塔をみていく。

  1. 八大龍王文字塔|旧古利根川堤防上
  2. 八大龍王文字塔|中川堤防上

八大龍王文字塔|旧古利根川堤防上

八大龍王文字塔|旧古利根川堤防上(松伏町大川戸)

まずは、大川戸の西端、旧古利根川堤防上にある八大龍王文字塔。江戸末期・安政5年(1858)2月造立。石塔型式は駒型。正面中央に「八大龍王」と刻まれている。

右側面

銘

右側面の銘は「大川戸邨」

左側面

銘

左側面には「安政五戊午二月□□」と刻まれている。

人柱伝説

旧古利根川堤防上の水神塔

上の写真は、八大龍王文字塔の背面から古利根川左岸を臨んだ風景。前方の土手の向こう側が古利根川。かつて、古利根川は、この石塔の前を流れていた。
 
この石塔には、「古利根川が洪水であふれたときに川へ飛び込んで水を鎮めてくれた人を祀るために建てられた」という人柱伝説が残っている(※2)

※2 『松伏町史 文化財編(石造物・絵馬・指定文化財)』松伏町教育委員会、2024年、46頁・47頁

水神塔

水神塔

八大龍王文字塔の隣に、上下ふたつに割れた祠型の水神塔がある。造立は、江戸後期・天保11年(1840)
 
上部の正面には「水神」の文字が確認できるが、下は埋没していて、文字は確認できない。「水神宮」か。

右側面

銘

右側面は「天保十一子」「二月」の文字が目視で確認できる。
 
この水神塔の調査報告には、右側面の銘は「四月」(※3)とあるが、どう見ても「二月」と刻まれている。ここでは正誤は問わない。

※3 『松伏町史 文化財編(石造物・絵馬・指定文化財)』松伏町教育委員会、2024年、343頁

下部

銘

下部の正面には、寄進者九人の名前が刻まれている。
 
左側面にも名前が刻まれているが、真横にある八大龍王文字塔が邪魔になって、目視で確認することはできなかった。

馬頭観音塔

三基の馬頭観音塔

八大龍王文字塔から15メートルほど離れたところに三基の馬頭観音塔が並んでいる。三基の馬頭観音塔については別記事で紹介している。

場所

八大龍王文字塔|松伏町大川戸(旧古利根川堤防上)

旧古利根川堤防上にある八大龍王文字塔の場所は、埼玉県北葛飾郡松伏町大川戸・光厳寺(こうごんじ)本堂の西150メートル。
 
光厳寺の山門前の小道を古利根川に向かって進み、土手道(旧古利根川堤防)に出たら右へ。200メートルほど進んだ先の十字路手前、左手にある( 地図

八大龍王文字塔|中川堤防上

八大龍王文字塔|中川堤防上(松伏町大川戸)

続いては、大川戸の東端、中川(左岸)堤防上にある八大龍王文字塔。
 
造立年月は、旧古利根川堤防上の八大龍王文字塔と同じ、江戸末期・安政5年(1858)2月。石塔型式は駒型。正面中央に「八大龍王」と刻まれている。

右側面

銘

右側面の銘は「安政五戊午年二月日」

左側面

銘

左側面には「大川戸邨」とある。

水難除け

堤防から中川を臨む八大龍王文字塔

石塔は、中川を見下ろすように堤防の上に建っている。中川の氾濫で堤防が決壊ないように、水難除けを祈願して造立されたことがうかがえる。
 
上の写真の右手に見えるのは松伏町立金杉(かなすぎ)小学校。

場所

八大龍王文字塔|松伏町大川戸(中川堤防上)

中川左岸堤防上にある八大龍王文字塔の場所は、松伏町大川戸、松の木橋の上流20メートル。上の写真の黄色い丸印( 地図 )。上の写真は松の木橋の袂(たもと)から望んだ八大龍王文字塔の風景。

まとめ

八大龍王文字塔|松伏町大川戸

今回調査した二基の八大龍王文字塔は、造立年月だけではなく、書体・刻み方・石塔の型・大きさ・石材も同じ。二基とも同じ石工(いしく)が造ったと思われる。
 
同時期に造立された二基の文字塔は、村(大川戸村)の西端を流れる古利根川と、東端を流れる中川の洪水から村を守るために、水神として八大龍王を祀ったものであろう。
 
松伏町は、西端を古利根川、中央を中川、東端を江戸川が、北から南に流れている。当時(江戸時代)、水害による農村地帯の被害は死活問題だった。
 
大川戸の二基の八大龍王文字塔を調査して、江戸時代、村を洪水から守るために水神として八大龍王を祀った村人たちの思いが伝わってきた。

備考

目視で確認できなかった石塔の銘などは『松伏町史 文化財編(石造物・絵馬・指定文化財)』松伏町教育委員会(令和6年3月22日発行)と照らし合わせた。

参考文献

本記事を作成するにあたって、引用した箇所がある場合は文中に出典を明示した。参考にした文献は以下に記す。

参考文献

『松伏町史 文化財編(石造物・絵馬・指定文化財)』松伏町教育委員会(令和6年3月22日発行)
庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)
日本石仏協会編『日本石仏図典』国書刊行会(昭和61年8月25日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)
日本石仏協会編『新版・石仏探訪必携ハンドブック』青娥書房(2011年4月1日発行)
外山晴彦『サライ』編集部編『野仏の見方』小学館(2003年6月10日発行)